出光興産は、燃料油、基礎化学品、高機能材、電力・再生可能エネルギー、資源の各分野において多様なエネルギーと素材の開発・製造・販売を手掛けており、1911年の創業以来、100年以上に渡って日本のエネルギー供給を支え続けている。
同社の生産技術センターは、製造技術部門をサポートする役割を担っており、「知恵と技術で新たな価値を創造し、社会実装の責任を果たす」というミッションを掲げ、社内外のステークホルダーと協働しながら、基盤事業の構造改革と新規事業へのポートフォリオ転換に向けた具体化を推進している。同センターでは、DX推進ミッションの一環としてデータの統合と活用を進める仮想統合データベースの構築のためにCognite Data Fusion®︎(CDF)を2024年4月に採用し、同年11月に出光興産の石油精製や化学品の製造を行う 4 つの製造拠点(北海道製油所・千葉事業所・愛知事業所・徳山事業所)への導入を完了した。CDFの導入を進めた生産技術センター システム高度化技術室 先進システム開発グループの秋山成樹リーダーと、久保華子氏にお話を伺った。
右: 生産技術センター システム高度化技術室 先進システム開発グループリーダー 秋山 成樹氏
左: 生産技術センター システム高度化技術室 先進システム開発グループ 久保 華子氏
CDF導入前の課題
出光興産では、データのサイロ化が長年の課題となっていた。設備図書や製造現場の運転履歴、作業員の引き継ぎ情報、過去の事故情報などは1990年代から徐々に電子化が進められていたが、導入しているシステムは多岐にわたり、それぞれのシステム同士のデータ連携が出来ていなかった。保全計画を立てる際には、ERP、運転データ(PIMS)、設備図書システム、ファイルサーバーなどの各システムから必要なデータを収集してExcel等でデータ整理を行う必要があり、データ収集と整理に膨大な時間を要していた。
情報収集と整理に時間が取られていては、付加価値の高い業務にリソースを割くことができない。DXの推進によって、一元的なデータプラットフォーム上から各種システムに入っている情報にアクセスが出来るようになれば、データ収集の時間を削減し生産性を高めることに繋がる。2018年頃から出光興産の社内で、一元的にデータを管理できる仮想統合データベース構築の構想が始まった。
検討開始から導入までの背景
当時は仮想統合データベースの構想に対して周囲の理解を得ることが直ぐにはできなかった。その中で、Cogniteの存在を知り、2020年から技術検証を開始した。その結果、Cogniteのコンテキスト化(データの紐付け)技術の優位性を確認した。画像や図面から文字を自動抽出するテキストデータ化(AI-OCR)の機能や、曖昧なアイテムキーを自動連携する機能を活用することで、短期間で効率的なデータ統合が実現可能となる。これを手作業で行おうとすれば、膨大な時間を要することは明らかである。
技術的な評価は難しくなかったが、実際に導入するためには導入効果を各部門へ示さなければならない。しかし、システム開発部門である秋山氏と久保氏だけでは、より具体的な製造現場業務への適用方法と効果を提示することは困難であった。
秋山氏と久保氏は製造現場DX部門・情報システム部門からの協力を得るため、仮想統合データベース導入による業務への影響や多岐にわたる既存システムとの関連性についての整理と協議を重ね、広範な業務範囲でCDFが果たす役割の独自性やシステム構成全体としてのコスト適性などを検討し、製造技術部門システム分野としてのロードマップを策定した。各部門とのコミュニケーションの機会が増えるにつれて、徐々にCDFの導入に対する理解と協力が得られ、2023年10月に部門を超えた体制でフィジビリティスタディを開始することができた。
このフィジビリティスタディでは、千葉事業所の製造現場の声を基に6つのユースケースを作成し、事業所の実データを部分的にCDFへ連携して、CDFの導入スピードと導入効果を検証した。さらに、一部エリアを対象に点群データを撮影し、デジタルツイン環境を構築する試みも行われた。
フィジビリティスタディの結果、千葉事業所だけでも年間数千万円のコスト削減と3,000時間以上に相当する業務効率化が期待できることがわかった。
CDFによるデータの一元化によって、図面や文書など探索時間が削減され業務の効率化に繋がることに加え、運転データの可視化や分析が進めば、装置停止などの大きなトラブルを未然に防ぎ、事業所の安定的な稼働に繋がるような洞察を得ることができる。具体的な導入効果を数値化して示すことで、2024年4月にCDFの採用が決定した。
ソリューション
製造現場のユーザーにCDFの効果を早期に体感してもらうため、半年間でデータ投入を完了し、4つの製造拠点で一斉に利用開始することを決断した。導入の際、久保氏が最もこだわったのは、徹底したデータ品質であった。そのために、1万枚のP&ID(配管計装図)を調査した結果、各所各課でP&IDの書き方や運用方法が少しずつ異なっていることがわかり、P&IDを一つずつ確認し、Cogniteが推奨するPDFフォーマットでCADから出力し直した。この作業により、CDFでのコンテキスト化精度が向上した。
この一斉導入は、広範な設備と膨大なデータを扱う挑戦的なプロジェクトだった。しかし、検証時に確認したスピード感をもってすれば達成可能であると、信念を持ってプロジェクトを進行し、採用から半年後の10月より4つの製造拠点での利用を開始できた。
CDF導入の成果
現在、約1万枚の最新P&IDデータがCDFに集約され、P&IDを起点に補修履歴、運転データ、設備図面など600万件以上のデータを瞬時に確認できるようになっており、今後は約3千人の従業員が使用する予定となっている。
Cognite Data Fusion導入初期段階においても、既に月間使用者が500名を超え、データ利活用の利便性と検索性に感動する声が秋山氏と久保氏には多数届いており、こうしたポジティブなフィードバックから、プロジェクトの成功と業務効率化への手応えを実感している。
出光興産におけるCDFの月間アクティブユーザーの推移
「私たちの目指す姿は、単なる仮想統合データベースで終わらせることではありません。統合されたデータを活用基盤として進化させ、たとえば保全計画の自動最適化など、より実用的で価値のある取り組みに繋げていきたいと考えています。また、データモデルを駆使することで、従業員の業務効率を向上させるだけでなく、さらに高度な分析や意思決定を可能にする環境を構築していきたいです。」(生産技術センター 秋山成樹氏)
「現在、CDFは主に検索システムとして活用していますが、その可能性はもっと広がると感じています。ユーザーにとって便利な機能を増やし、より多くのデータを活用することで、製造現場の業務効率化や安全性向上に寄与できる仕組みを構築していきたいです。CDFを通じて、製造現場にとって価値ある変化を生み出せるよう、引き続き取り組んでいきます。」(生産技術センター 久保華子氏)
CDFプロジェクト推進のメンバー
今後の展望
CDFの導入によって、まずは「データを集める」から「データが自然に集まる」仕組みを構築することができた。これにより、ひとつのシステムで関連データを網羅的に一括収集・整理でき、効率的なデータ管理が可能となった。たとえば、保全計画を策定する際、CDF内のデータが紐づいていることにより、必要なP&ID、設備図書、運転履歴などのデータを簡単に集約し、迅速な意思決定が行える。
今後は、AIを活用して予測や判断支援、異常やリスクを未然に「気づけるしくみ」をさらに発展させることで、出光興産の意思決定の高度化を推進していく予定だ。